「東京は、私にとって学びの街」。 今回の撮影場所に選んだのは、お茶の水駅近くの聖橋から神保町へと続くエリア。「シングルマザーの家庭で育ったので、10代後半から自分でお金を稼がないといけなかったんです。高校には行ってたけど、大学に進学できる余裕はなくて。弟の学費も捻出しないといけなかったので、大阪・北新地のクラブでホステスをしていました。でも、どうしても哲学を学びたくて、調べてみたら大学には通信学部っていう制度があることを知ったんです」いろいろと調べて、面白そうなカリキュラムが多かった日本大学の通信課程を選んだ。「授業料は年間8万円で、たくさん試験も受けられて、ものすごい量の教科書がついてきたんです(笑)。それがもう嬉しくてしょうがなかった。19歳から23歳まで、大阪で働きながら年に一度だけ1カ月間のお休みをもらって東京でのスクーリングに通っていました。通信教育ってうまく想像できないかもしれないけれど、学びたい人にとってはとてもありがたいシステムなんです。朝から晩まで講義を受けて、さらに問いが浮かんで議論が深められると思ったら自分で短い文章を書いて、翌日すぐに先生にみてもらったり。質問に答えてくれる、あるいは議論してくれる人がいるなんて、最高に幸せでした。あとは神保町の古本屋へ。何時間でもいられました」。聖橋から電車を見送りながら、川上さんは言う。「あの夏の1カ月間の思い出は、私にとって本当に大切なものです。勉強って何かを手に入れることじゃなくて、自分の問いにどう向きあっていくのかを粘り強く探り、知っていくこと。そのときは自分が小説を書くなんて想像もしてなかったけれど、この時期に重要な書物をしっかり読み、考える方法を自分なりに身につけたことは、今の仕事のすべてを支えていると思います」川上さんにとって、神保町は単なる街ではない。「出会った人たちのことも、よく覚えています。ここには、いろいろな事情を抱えながら、それでも、なんとか学ぼうとする人たちが集まっていた。そこにいるだけで、勇気をもらえる場所なんです」。
「ファッションって、人の生き死にと、結びついているように思うんです」と、川上さんが話してくれたのは母のこと。「亡くなって1年以上経つんですが、私は母のことが大好きなんです。母の病気がわかった時に服をプレゼントしたのですが、母が亡くなってから、一度、袖をとおしたことがあります。遺された衣服を身につけることは、母のパースペクティブを共有することでもあります。それはほかのどんな思いだしかたとも違うかたちで、母を体験するような『出来事』なんです」。服は単なる装いではなく、記憶や思い出、人との関係までも含んで自分の精神と響き合うもの。「ファッションは個性を表すものでもあるけれど、私にとっては考え方や記憶、思い出、人間関係と繋がっていて、生きることそのものと結びついているものです」。
撮影の日に着用したのは、テーラリングやものづくりの背景にまでしっかりとこだわるSA VILLE / SA VIEのドレスやシャツ、ジャケット。「どれも形がきちんとしているのに緊張しすぎない。軽さも絶妙で、普段着として自然に着られるのがいいですね」と、川上さん。ジャケットにドレスを合わせたオールブラックのスタイルは、「ボリュームのあるものにレーシーな素材を合わせると、普段着でも特別な感覚になる。服を通して、自分の知らなかった一面に出会えるんです。いい服の条件って、知らなかった自分の一面を発見することだと思います」と、話してくれた。


「これは作品や表現者に限ったことですが、やっぱり満身創痍の表現ものに私は美しさを感じます。それがなんであれ、余裕のあるものには、そういった美しさは感じないですね」。川上未映子が語る“美しさ”は、完璧さの対極にある。傷つきながらも、なお生きようとする人の姿にこそ真実の輝きが宿っている。
「10代、20代に贈りたい自身の本は?」という問いに、少々ためらいながら2冊の本をピックアップしてくれた。「『ヘヴン』と『黄色い家』でしょうか……2冊とも真面目に生きる人たちを描いています。『黄色い家』の主人公・伊藤花は15歳で理不尽な現実に直面するのですが、それでも彼女は誠実に自分の足で立とうとする。人間の生のエネルギーを感じられると思います。人生は1回きりだっていう実感を味わってもらえたら嬉しい」。彼女の言葉は、若い世代に向けたエールでもある。傷を抱えながらも、真面目に生きるその姿こそが美しいのだと教えてくれる。

Stylist : Mihoko Sakai
Hair&Makeup : Mieko Yoshioka